あなたとふたりで

11月11日の骨鯰です。


 ポッキーゲーム。
 その起源はゆうに二百年以上も遡る。
 第二次世界大戦を終え、廃刀令すらも遠い昔語りとなった時代。高度経済成長期を迎えた日の本から戦という言葉はとうに過ぎ去って、日本刀はそれまで以上に自らの存在を戦道具から遠ざけるばかりであった。
 それでも人々の心には、日本刀の誇りと輝きが宿り続けていた。
 そんなとき、人々が手に取ったのがほかでもないポッキー&プリッツである。
 握ったものは違えど其処に宿した想いは同じ。人々は譲れぬ願いと矜持を胸に、ポッキーをくわえて決戦の地へと立ち上がった。謂わばポッキーゲームとは、現代に蘇った真剣勝負そのものである──
「ちょっと待った」
 滔々と続いていたにっかり青江の説明に、鯰尾藤四郎は待ったをかける。
「それ、全部嘘だよね?」
「まあね」
 平然と頷くにっかり青江のはす向かいで、骨喰藤四郎が目を丸くする。
「嘘なのか」
「ああ、嘘だよ」
「本当のポッキーゲームは、ふたりでポッキーの端をくわえて同時に食べていく遊び」
 これ以上、骨喰藤四郎に法螺を吹き込まれては困る。鯰尾藤四郎は呆れ声で骨喰藤四郎にそう伝える。
 するとにっかり青江は薄く笑みを浮かべて、
「知っているなら、どうして最初に教えてあげなかったんだい? 手取り足取りナニ取り」
「そのなにってポッキーのこと? プリッツのこと?」
「きみの好きな方で良いよ」
 意味深に微笑まれて、鯰尾藤四郎は深いため息をついた。
 その傍らで骨喰藤四郎は首を傾げて、卓袱台の上のポッキーを見つめた。
「なにが楽しい?」
「楽しいっていうかさ、こーやって」
 と、鯰尾藤四郎は骨喰藤四郎に顔を寄せて、
「顔が近づくと、どきどきするだろ? そういうこと」
「……どきどき?」
 鼻と鼻がぶつかりそうなほど近くで、骨喰藤四郎は眉をひそめた。顔を近づけた鯰尾藤四郎の方がなんだか気恥ずかしくなってしまい、顔を引く。
「肝試しか?」
「ちーがーうーよっ」
 まったく表情の変わらない骨喰藤四郎の額を指弾する。
「接吻しそうでどきどきするってこと」
 言いながら、鯰尾藤四郎は兄弟の両頬を左右に引っ張ってやる。しかし骨喰藤四郎は言葉で説明してもよく解らないらしく、眉をひそめたままだった。もしかしたら頬を引っ張られるのが嫌なのかもしれないが。
 満足したところで骨喰藤四郎の頬を解放してやると、彼は、どきどき、などと小さく呟きながら自らの指先で頬を何度かさすっていた。それに小さく笑って、鯰尾藤四郎は卓袱台の上のポッキーへと手を伸ばす。
「にっかりさん、ポッキーとプリッツどっちが好き?」
「甘くない方が好きかな」
「そんな気がした」
 雑談をしながら、口の中のポッキーを嚥下して。
「兄弟」
 名前を呼ばれて振り向くと、間近に骨喰藤四郎の顔があった。そう思ったのはほんの一瞬。揃いの紫眼が閉じられたかと思えば、鯰尾藤四郎の唇はなにか柔らかくて温かなものに呼吸ごと塞がれる。鯰尾藤四郎がその最中、骨喰の睫毛は長いなあ、などとのんきに考えるばかりだったのは、ある種の安全装置が働いていたからなのかもしれない。
 鯰尾藤四郎の唇を覆っていたなにかは最後に甘噛みをして離れていく。
 目の前の骨喰藤四郎はこくりとひとつ頷いて、
「なるほど。少し、どきどきした」
 骨喰藤四郎の理解はまったく正しいものだった。
 その通りである。その通りではあるのだが──
「……そう、じゃ、ないっ!」
 満足げな兄弟の瞳と、うわあと呟く友人の瞳に耐え切れず、鯰尾藤四郎は卓袱台の上に突っ伏した。